どらま!ドラマ!DRAMA! 2nd Season

~日本のドラマ・映画、俳優・女優やシナリオライター(脚本家)などを徹底解剖~

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『この世の果て』(1994年1月10日~3月28日)から、酒井法子被告は戻って来られるのか

      2015/07/11

8月上旬の失踪、逮捕を経て、酒井法子(本名・高相法子)被告が1ヶ月半振りに保釈されて、先週9月17日、こちらの世界に戻ってきました。

この間、本人のことのみならず家族のことまで、ありとあらゆるスキャンダルが報道され、真偽は不明ながら内容に驚くとともに、自業自得の部分はありつつも、悲しい気持ちになりました。のりピーという愛称でアイドルとして一時代を築き、『ひとつ屋根の下』以降は女優として活躍していた時代を知っている者としては。

「彼女」

僕の友達は彼女です
僕の母親は彼女です
僕の恋人は彼女です
僕の妹は彼女です
そして彼女は壊れました
僕も壊れてしまいました
バリバリドカン

《野島伸司著『野島伸司詩集』(幻冬舎・1998)P24より》

これは脚本家・野島伸司さんの処女詩集にある、のりピーとの別れを綴った詩です。交際は『ひとつ屋根の下』(1993年4月~6月・フジテレビ)で出会って始まり、1997年まで続いたと言われています。

『ひとつ屋根の下』をきっかけに、のりピーは低迷気味だったアイドル期を脱して女優としての道を歩き出し、『星の金貨』(1995年4月~6月・日本テレビ)の熱演、その主題歌『碧いうさぎ』のヒットにより、芸能人として確固たる地位を築きました。

『星の金貨』の脚本は龍居由佳里さんですが、企画や原案で野島氏が関わったと伝えられており(私も99%そうだと確信しています)、『碧いうさぎ』の歌詞「淋しすぎて死んでしまうわ」にも、作詞は牧穂エミという方ではあるものの、『ひとつ屋根の下』の最終回に唐突に出て来た台詞からのインスパイアーが見て取れ、のりピーの成功は野島氏なしではあり得なかったと考えられます。

そう言えば、『碧いうさぎ』の作曲を担当した織田哲郎さんは、かつて、他アーティストに提供した中でこの曲が一番好きだと語っていました。今回の事件をさぞ残念に思っていることでしょう。

上掲の詩では「壊れました」と表現されたのりピーですが、この頃からクスリという意味で壊れていたという、うがった見方はいき過ぎでしょう。それを肯定すると「僕」である野島さんも同様に壊れていたということになってしまうので。もっとさかのぼれば、アイドル時代の「のりピー語」もまさにラリっていた証拠じゃないか、なんてひねりまくった見方もできなくはないわけで。

それにしても、清純派の良き母親とのイメージのギャップ、父親や弟の経歴、世間を煙に巻く逃走劇、有力な支援者の存在、などなど、不幸のオンパレード、ワイドショー的と形容された野島ドラマをはるかに超えたものがありました。週刊誌ネタでは野島氏にも責任を問う声が少なからず上がっています。交際がのりピーをダメにした、別れ方が悪い、別れたこと自体が悪い、など……。男女のことは当人同士にしか分からないので何とも言いようがないのですが、近年、ヒット作が少なくなり、野島氏の業界での立場が下がったことで、スケープゴートにしやすいのではないでしょうか(ただ、2008年1月~3月・フジテレビの『薔薇のない花屋』は正統的な内容でヒットした方だと思いますが)。

さて、おしなべて言えば、過ちを犯さない人間なんていないのですが、のりピーは覚醒剤にだけは手を出すべきではなかったと言いたいです。なぜなら、交際中の1994年1月~3月の野島伸司脚本作品『この世の果て』(フジテレビ)で、野島氏は覚醒剤の怖さを、おそらく日本のドラマの中で最も精緻に描いていたからです。

高名なピアニストの地位も名誉も失い、覚醒剤に溺れた士郎(三上博史)。その士郎からクスリを抜くために、まりあ(鈴木保奈美)は元刑事で探偵の二村(加藤善博……『愛という名のもとに』〔1992年1月~3月・フジテレビ〕でチョロ〔中野英雄〕を痛めつけていた証券会社の上司役だった方です)の協力を得て、士郎をベッドに縛りつけます。その姿はまるでイエス様。そして献身的に看護する“まりあ”。禁断症状が出なくなるまで苦しみと闘う姿は凄絶で、しっかりと目に焼き付けた者なら、決して手を出そうとは思わなかったはずなんです、誰に勧められようとも。

なお、禁断症状を脱するまでのヤク抜きの過程はドラマではおそらく1週間くらいで、専門家から見れば早すぎると思われるかもしれません。10年経ってもまた手を出す危険性があるとの話もある覚醒剤ですからね。野島氏はスピーディーな展開を得意としているので、多くの事象がかなり早く動きます。特に妊娠発覚は早いです。でも、連続ドラマデビュー作では、けっこうまともな会話(ツッコミ)が差し挟まれています。

恵美=鈴木保奈美
亜紀子=麻生祐未

恵美「私にはまだ奥の手があるわ。――妊娠したわ、私」
亜紀子「こんな時にふざけないでよ。どこの世界に1週間やそこらで妊娠する女がいるのよ!」

『君が嘘をついた』(1988年10月~12月・フジテレビ)、第4話より採録

ちなみに『君が嘘をついた』の主役は三上博史さんで、保奈美さんは5、6番手でした。それが約5年後の『この世の果て』では、三上さんとW主役ながら、厳密な順番では保奈美さんが上という状態まで登りつめたんですね。

それから、このドラマでは保奈美さんが本格的な汚れ役に初挑戦したことと共に、尾崎豊の『OH MY LITTLE GIRL』を主題歌にしたことも話題になりました(曲が流れるのはエンディング)。今でこそ井上マーさんがモノマネをしたり、バラエティ番組で知人が面白いエピソードを語ったりしても和やかに見ることができますが、当時、急死から2年足らずのまだ熱狂が冷めやらぬ中での起用は、もし作品が駄作だった場合にはファンからの非難を浴びかねなかったでしょう。しかし、そのような声は、少なくとも私には聞こえてきませんでした。都会の絶望と孤独、その暗闇に差し込む微かな光を描ききった佳作で、尾崎さんの世界観とよくマッチしていたと思います。

それでいて、尾崎さんの歌に依存しきったわけではなく、例えば第7話のエンディングでは溝口肇さんのインストゥルメンタル曲が『OH MY LITTLE GIRL』の替わりに使われ(溝口さん作曲のメインテーマも物悲しくてドラマの雰囲気と合致していました。溝口さんは翌年『星の金貨』でも音楽を担当し、これが私の中で「『星の金貨』野島氏関与説」の一つにもなっています)、第10話のエンディングでは「シューベルトのアヴェ・マリア(エレンの歌第3番)/ Ellens dritter Gesang」がストーリーの流れの中で幻想的に使用されました。

ところで、そんなに覚醒剤に詳しいならやっぱり野島氏も怪しいんじゃないかという声が聞こえてきそうですが、それは安直ではないでしょうか。何しろ、野島ドラマのキーセンテンスは「想像力」なのですから。この「想像力」が究極に描かれたのが『リップスティック』(1999年4月~6月・フジテレビ)だと考えています。

もう一つ、野島ドラマの重要なセンテンスがあり、それが「冒険」です。『未成年』(1995年10月~12月・TBS)で顕在化し、『世紀末の詩』(1998年10月~12月・日本テレビ)で集大成的に描かれました。「冒険」と言えばのりピーのもう一つの代表曲『夢冒険』(1987年)。野島氏の作風にどれだけ影響を及ぼしたか分かりませんが、二人は少なからずお互いを高め合う存在だったと、そう信じています。

とにかく、のりピーには子供がいるのですから、これからどんな世界で生きるにせよ、立派に強く更生して、「この世の果て」から脱しなければなりません。期待を込めて、『高校教師』(1993年1月~3月・TBS)の最終回のこんな台詞を送ります。野島ドラマの中で私が最も好きなシーンの一つです。決して罪を肯定するわけではないけど、誰もが無関係ではないと。

隆夫=真田広之
新庄=赤井英和

新庄「なんで……」
隆夫「……」
新庄「なんでこんな事になってしもたんやろな」
羽村「……紙一重じゃないですか」
新庄「……」
隆夫「紙一重でみんな……」

《『月刊ドラマ』(映人社・1993年4月号)P138より》

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